『きものがたり』宮尾登美子

  • 2018.07.17 Tuesday
  • 21:02

JUGEMテーマ:読書

昨年春、古本屋の店じまいセールがあり、最終日は詰め放題1000円。移動するのもやっとの店内でとりあえずめぼしいものを片端から詰め込んでいった。「ご自分でレジに持ち上げることができることが1000円の条件です〜〜」と店内放送がかかる。人間、いざとなると力が出るもので、あとで思うとよく持ち上がったものだと感心するほど詰め込んだ。前振りが長くなったが、その時に袋に入っていた中の一冊がこの本だった。

 

宮尾さんご自身の着物についてのあれこれを語りつつ、一か月ごとにテーマを設け、写真とともに着物が紹介されている。とってもすてきだ。季節ごとの着こなしにも役立つ。

 

高知の花街を間近に見て育ち、戦中戦後の大変な時期を経ての今日。その中で女性としての着物、という存在の大切さ、切ない思いなどを綴った文章は、流石ピシッと背筋が伸びるようなつよさに貫かれている。

今は洋服に対して和服のことを着物というが、当時はまさに日々の「着物」であっただけに、女の喜びや悲しみがしみこんだものであることが痛切に伝わってくる。そして、今の簡易で便利で多彩な洋服が街にあふれている状態が、果たして幸せなのかなとちょっと思ったりもする。もちろんその恩恵を蒙ってもいるのだけれど。

 

小さな頃、気に入った生地で、好きなデザインで、体にぴったりのものを母が作ってくれていた記憶がよみがえる。母の作ってくれた洋服の数はすごく少なかったが、それだけに一つひとつの洋服に鮮やかな記憶と愛着があり、それを着たときの出来事まで今でも思い出すことができる。それと似た気持ちが、着物には込められているような気がする。

 

和服はことにお値段も張るものだから、思い入れや思い出の深さも半端ではなく、まさに「きものがたり」、一枚一枚に物語が生まれるのだろう。

 

数年前に着付けを勉強していたとき、踊りの名取をしている友達にコツを聞いたら、ひたすら慣れることだと言われた。彼女は「襟元が体にきれいに添ってない、まだ着物がなじんでない」と言われ一念発起して、眠るときもガーゼの和装の寝間着で寝るようにしたそうだ。

それを聞いてから、私もマネしてみたいと思っていたが、ガーゼの寝間着ってけっこう高いんですよ。ところがピルクルよろしく念じれば通じる。年配の方が処分するからと二枚も新品をくださった。それから着物に慣れたい一心で、湯上りとして活用させてもらっている。ほんとはそのまま眠ればいいのだろうけど、猛烈に寝相が悪いためチャレンジできずにいる。面倒だけれども、そんな努力が必要というハードルの高さがまたいいのかもしれない。

 

ストレッチの効いた素材とウエスト総ゴムに慣れた自分を反省しつつ本を開けば、背筋が再び、ぴっと伸びるのであった。

 

評価:
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『とりつくしま』東直子

  • 2018.06.05 Tuesday
  • 22:13

JUGEMテーマ:読書

ぼつぼつと、ここ一年に読んだ本のことどもなど。

 

昨年の五月に読んだ東直子の『とりつくしま』。とてもよい本だった。じんわりしみじみ。思わぬことであの世に来てしまい、俗世に未練がある人たちの前に現れる、とりつくしま係。とりつくしまを探している人を一目で見分け「何にとりつきますか?」と問うてくる。ただしとりつけるのは、モノ(無生物)に限るのだ。野球をがんばっている息子のロージンバッグになるお母さん。息子の成長をマウンド横で見届けながら、最後は消えて(消費されて)いく。夫のマグカップになる妻、恩師の扇子になって夏の間だけ、そばにいて風を送る教え子。マッサージの椅子になるお父さん、憧れの図書館員のネーム札になるホームレス。母親の補聴器になる娘。青いジャングルジムになる小さな男の子。実に様々な人が様々なモノにとりつく。どちらかというと、切ない中にも、ああよかったとほっこりできるお話が多い。が、母親の補聴器になった娘さんの話なんぞは、実に苦い悲しみが残る。

 

どのお話も、個性描写が実にうまい。人を深く見る目の確かさ、あたたかさ。文章もしっとりして美しい。東さんは歌人だと聞いて、納得。ひとつひとつの言葉の選び方がぴたっとはまっている。それぞれのお話の主人公の人生のひとかけらが描かれているだけなのに、その余白にその人の人生がふんわりとふくらんでいく。

 

余談だけど、夫のマグカップにとりつく彼女は、夜、ピルクルが飲みたくなってコンビニに向かっている途中に事故に遭う設定だった。実は私ピルクルを知らなかった。ピルクルって何?ピルクルってどんな飲み物?と頭でピルクルがぐるぐるしていたとき、ものすごいタイミングで、ある方からピルクルをもらって、それはそれは驚いた。生まれて初めて飲むピルクルがこのタイミングで来るのか……。念じれば通じる?じゃ、当選した宝くじでも頭の中でぐるぐるさせてみようか、などとつまらない妄想がふくらむ梅雨入り前。

 

 

芭蕉の花と若冲と

  • 2018.05.23 Wednesday
  • 15:09

芭蕉の花というのを、初めて見た。

 

山陰は茶道が盛んなようで和菓子屋さんも多い。先日、抹茶ではなくて煎茶を点てる煎茶道のお点前を初めて拝見する機会があった。水車の板に載せられたお道具、お香立てもあり、一本の香がちょうどお点前が終わるころに尽きるようになっていた。床の間には、書が掛けてあり、花は芭蕉の花が横たわるように飾られている。大きな実のようなエキゾチックな風貌だったけれど、活け方がすてきでその場にとてもマッチしていた。水車の板の上には、なんとも可憐な姫沙羅も活けられていて、その対比も面白い。

 芭蕉の花 

 

 

 

 

 

 

 

 (芭蕉の花)
 

芭蕉といえば、と思い出したのが相国寺の承天閣美術館で見た若冲の「月夜芭蕉図」。

 

img_4.jpg

 

この絵の前に立ったときに感じた、なんとも言えないし〜んとした静けさを思い出した。

月の持ついささか寂しい感じと白々とした月光に照らされるあたたかさの両方を感じ、絵の世界に吸い込まれてしまいそうで、しばらく絵の前から動けなかった。芭蕉ってなんとなく南国風で風情なんてあるのかなあと思っていた認識がすっかりくつがえされた。

あの芭蕉の、花が、これなんだなあ。これまで、月の満ち欠けなどほとんど心をとめずに生きてきたけれど、電気のない時代、月夜の美しさはどれほど心に沁み込んだことだろう。

 

澤田瞳子の小説『若冲』にも、この芭蕉が出てくるシーンがある。はっとするほど効果的に登場し、とても心に残っている。

 

芭蕉の花から、様々な思いを巡らせる五月の楽しみ、風流とはかけ離れたばたばたの日々にしばしうるおいをいただきました。

評価:
澤田 瞳子
文藝春秋
¥ 1,728
(2015-04-22)

『SOME OTHER TIME』BILL EVANS

  • 2018.05.14 Monday
  • 22:04

JUGEMテーマ:音楽

 

JAZZのことはさっぱり詳しくないのですが、ビル・エヴァンスの幻の録音がすごいと友人が聴かせてくれました。このアルバム、躍動感あふれる演奏がなんともいえず素敵、聴いててワクワクします。

 

最初にビル・エヴァンスの演奏に接したのは、20歳くらいの時。スウェーデンの歌姫モニカ・セッテルンドの『Waltz for Debby』を聴いたのが初めてでした。これがとても好きで繰り返し聴いていました。モニカのしっとりした哀調を帯びた声と、ビル・エヴァンスのリリカルでなおかつ情感あふれるピアノ。タイトル曲にもなっている『Some Other Time』もいつの間にか耳になじんでいました。

 

 

しかし、ふだんはついついCD聴きながらあれこれしちゃうもので(今も……、笑)ある夜、じっくり聴いてみようとこのアルバムに耳を傾けていたときのこと、最後に『Some Other Time』が始まった瞬間ぞぞぞぞっとしました。なんでしょう、このイントロの美しさ。この上ない詩情。ビル・エヴァンスのピアノが雨の雫のように、静かにこぼれて、エディ・ゴメスとジャック・ディジョネットの紡ぐ音が、宝物をくるむように優しく寄り添う……。聴いているうちに涙がこぼれてとまんなくなりました。年とって涙腺ゆるみがちではありますがCD聴いてて涙が出るなんて久しぶり。50年前の演奏をこうやって聴けるしあわせを思ったことでした。

で、びっくりしたのですが、これってバーンスタインが作った曲なのですね。知らなかった。

Youtubeには、バーンスタイン自身がピアノを弾いている『Some Other Time』がありました。途中バーンスタイン自身も歌ってます。声、渋いなあ。

 

実は4月に父を亡くし、ちょっとめげています。陽気で音楽好きだった父との思い出はいろいろあって、思い出すとその不在がよけいに身にしみてきたりします。

 

葬儀から戻ってしばらく、この曲をぼーっと聴いていました。不思議に心が安らぐのです。以前、大阪のシンフォニーホールでのコンサートに両親を招待したとき、環状線の大阪駅で父とはぐれた話は以前に書いたかな。さんざん探してへとへとになり、仕方なくシンフォニーホールに行ったら、ちゃっかり先にコンサートホールに到着していた父。『Some Other Time』またいつかどこかで「なあんだ、先に来てたのね」と笑って言えるといいなと思うのです。

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