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Phoebe's music life
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手紙とか三拍子とか『ノルウェイの森』とか

2月10日の村上ラジオ「今夜はアナログナイト」で、奥さんと付き合っているときに書いた手紙の話が出てましたね。手紙を書くときのために日々の面白いできごとを書き留めておいて、その面白い話の最後にちょこっと自分の思いを書き添えるといいそうです。奥さんは3人姉妹の真ん中だそうで、いろんな人からの手紙を三姉妹で読んで、村上君のがなんといっても一番上手だというので結婚することになったとか。芸は身を助ける、というのか、そりゃうまいに決まってるじゃん!と思いつつ(笑。聞いていたのでありました。その村上君のお手紙に、いまや世界中の人が参っちゃってるわけです。

 

しかし、手紙って今はほんとに書かなくなりましたねえ。万年筆とかインクとか大好きなので、今も手紙を書きたいなあとは思うのですが、なかなか出す相手がいない。さらにいざ書こうと思うと話題に困る。面白いことを見つける(もしくはそうでもないことを面白く書く)ってけっこう大変です。

 

それに、何よりこのごろは字をたくさん書くと手が疲れて非常につらいのです。とほほ。読書日記を一人せっせとつけているのですが、夢中になって3ページくらい怒涛の勢いで書いたあとで、どっと手と腕とが痛くなる。字を書く人のための筋力トレーニング方法、とかあったら教えてほしいものです。

 

で、その手紙で思い出したのが半年くらい前に再読した『ノルウェイの森』の中でワタナベが直子に書く手紙のこと。日常を淡々と描いているのだけど、ネジを巻くというフレーズが、なんだか猛烈に切なくなって、読みながら泣けてしまったことを思い出したのです。で、今さっきそのあたりを広げて読んでみたけど、別に全然泣けません。不思議です。物語の流れの中で読んでこそ手紙の切なさが伝わってくるのかしら。

 

『ノルウェイの森』ほぼ30年!ぶりの再読でした。印象的な始まりのシーンは覚えていたのだけれど、それ以外はうろ覚えで、おかげでとても新鮮な(笑、読書でした。最初に読んだとき腑に落ちなかった部分も自分なりに納得。

 

もうひとつ、再読中にたまたま三拍子に関する記事を目にして、『ノルウェイの森』も三拍子だったなあ、と。三拍子ってどこか揺れる感じがありますよね、なんせ割り切れないわけだから。それを思いながらこの物語を俯瞰してみると、この物語は常に三角。キズキと直子とワタナベ、直子とレイコさんとワタナベ、直子と緑とワタナベ、永沢とハツミさんとワタナベ、ってな感じ。それが最後に、ワタナベから緑へとようやく一直線になる。なんてな読み方もできるなあなどと思いつつ。一冊で何度もおいしい。

 

30年前と変わらなかったのは、読後、暗い森から一歩踏み出した、そういうほの明るい感じ。これは30年前と同じ。青春の光と影でありますねえ。すべてはここから始まったんだろうなあ、と。終わりは始まり。何がどうと説明できないけれど、そういう気がしたのでした。

posted by phoebe | 14:52 | - | comments(0) | trackbacks(0) |
パリ管弦楽団 鳥取公演

 

鳥取県立県民文化会館開館25周年記念、山陰放送開局65周年記念事業、ということで、とりぎん文化会館(名称は途中変更したのかな?)梨花ホールで、パリ管弦楽団の鳥取公演を聴いてきました。

 

すごく久しぶりに聴く、海外のオーケストラ、いつ以来だろう?しかも鳥取で聴けるということで半年前にチケット買って楽しみにしていました。今回、ほぼほぼオーケストラ鑑賞は初めてという母娘さんとご一緒することになり、チケット購入を頼まれたため、張り切って先行予約とかしてみたら、なんと席が選べない!申し込み順に前からだったようで、前から7列目で、いささか不安も抱えつつ。

 

折も折、指揮者のダニエル・ハーディング氏が札幌で骨折なさったとのニュース。なんとお気の毒な。痛そうです〜(涙。そういえば大昔、結婚して札幌に住むことになった時、車降りて家の玄関に辿り着くまでの数メートルで3〜4回滑って転んで、目の前の戸がものすごく遠く感じたのを思い出しました。凍った地面は怖い。

 

しかし、札幌でも座って指揮されたとのことで、ワクワクしながら会場へ向かいました。いよいよチューニングが始まり弦の音を聴いた瞬間、幸福感(^^♪いい音だああ〜〜。7列目でもまったく問題なし!対向配置で、コントラバスが左側というのはあまり経験がないけれど、いい感じです。

 

マエストロ、車いすにてご登場。スタッフの手を借りつつ片足でぴょんぴょんと台の上り、前半のベートーヴェンの田園が始まりました。素晴らしく柔らかく艶やかな弦の音色。管楽器も美しい。ふだん何気なく聴いているから、おお、木管がメロディーを奏でるときに弦はこんな動きをしているのね、などと発見も多数。うっとりでした。

 

前半のベートーヴェンの時のハーディング氏の椅子は、事務用かな、くるくる回って、高さ調整できるクッションの効いた椅子で、客席を向いたりするにはよさそうだけれど、なんとなく不安定な感じ。楽章間で高さ調整したりしておられました。

 

案の定、後半はコントラバス奏者用でしょうか、高さのある固定された椅子に変更。

マーラー1番、奏者の数がうんと増えて、コントラバス奏者の方など、花道にはみ出しそうな勢いです。第一楽章、トランペットの透明感のある美しい音色のすばらしさに、これはほんとにトランペットの音なのかと思うくらい、うっとり。終始熱のこもったすばらしい演奏が続き、あっという間に終楽章。最後は、終わらないでくれと心底願いました。

 

オーケストラほぼ初体験の母娘さんも、最初の弦の音が出た瞬間に涙が出たとのこと。オーケストラだし前の方だからものすごいがつんとした音が来るかと思ったら、ものすごく柔らかいなんと表現したらいいかわからない音に包まれて、ほんとうに驚きました、とのこと。まったく同感。もちろんホールの音響も素晴らしい。

 

アンコールは、エルガーのエニグマ変奏曲から「ニムロッド」。これがまたなんともしみいるような演奏で、感動。いつまでもあの音に浸っていたかった。

 

完売御礼で満杯のホール全体に、ブラボ―が飛び交い、ハーディング氏にも熱い拍手。鳴りやまぬ拍手の中、団員の人たちもニコニコ客席に手を振りながら退場。コントラバス奏者にモデルか俳優かという長身のハンサムさんがいて、女の子たちが写真を撮ろうと囲んでましたw。

 

なんせ、鳥取でパリ管を聴けること自体が夢みたいだから、満場の観客の一期一会感、期待感ははんぱなくて、ホールにみなぎる静かな熱気がすごかった。それにこたえてのパリ管の演奏であったでしょうし、ハーディング氏の骨折にも負けない(というか、途中からまったくそのことを忘れていた)熱演が生んだ、得難い公演だったなあ、と。貴重な音楽体験になりました。

 

まだ夢の中にいるような心地で家に帰り着いたら午後10時をまわってました。ほっと落ち着いてごはん食べて、夢だったのかなと思い返す脳内に「ニムロッド」が静かに流れ、そこでひとりゆっくり感涙(笑。会場でもちょっと涙腺ゆるんだのだけど。

 

パリ管たぶん3度目だけど、今回が間違いなく一番!すばらしい音を満喫しました。

遠いところ来てくださった団員さんたち、おいしい蟹にありつけたかなあ。ハーディング氏の骨折、一日も早く回復しますように。

テーマ:音楽

posted by phoebe | 22:08 | コンサート | comments(0) | trackbacks(0) |
たった三つのボタンだけれど

所用があって高松に帰ってきた。実家の母の病院での検査がちょうどあって、送迎したりあれこれ話をしたり。

やはり、父が亡くなってからまだ半年。その不在の大きさがとてもこたえているようで、せめてもの親孝行と時間いっぱいいろんな

話をする。女同士のおしゃべりって尽きないのですねえ(笑。

母がずっと自作の短歌を書きつけているノートを見せてくれて、すごいねえ、とめくっていたら、最後のページに私が昔作った詩が書きつけてあった。詩誌に投稿して、すいせん詩に掲載してもらった詩だが、その冊子をなくしてしまい、なんとかその詩を調べられないものかと困っていたところだった。なんとなんと!ほんとにうれしかった。母というのはありがたいものでありますね。

 

幼稚園へ通い始めた年の息子とのひとこま。幼稚園へと続く並木の美しさ、なつかしい。

今はボタンにも給食?にも苦労しなくなっただろうけれど、遠くからエールを送っている、わたしもまた、母なのでした。

 

    たった三つのボタンだけれど

 

  たった三つのボタンだけれど

  君は毎朝苦労するよね

  幼稚園の制服はお姉ちゃんのおさがりで

  ひと夏すぎると急に窮屈になった

 

  ボタンをかけている間

  大きなボタンとボタンホールを交互に見較べ

  真剣なまなざしをしている

  かけ違ったらまたやり直そうよ

  

  おかあさんなど 今までいくつのボタンをかけ違えたか

  人生手帳 なんていうのがあったら

  きっとまちがいの×で真っ黒だね

  

  制服を着終えると

  「今日も給食ある?」

  「もちろん」

 

  考えこむように俯く君の手をひいて欅並木を歩いてゆく

  半分過ぎたころ「やっぱり給食全部食べる!」と歩を早める

  たとえコップ袋にパンのかけらが残ってても片目つむってあげよう

  人生4年生の奮闘に敬意を表して

  (×だらけのおかあさんからで悪いけど)

  ちいさなはなまるさしあげます

  

 

posted by phoebe | 21:50 | | comments(0) | trackbacks(0) |
二都物語ふたたび  東山魁夷展―本当の「あお」に出会う

JUGEMテーマ:アート・デザイン

 

今回の旅は、この東山魁夷展が主目的。この展覧会を見た友人から、ぜひ見たほうがいいと勧められ、会期終了間際に京都での鑑賞が叶った。
 

 

荷物をロッカーに預け、ゆっくり階段を上って、さあ、と入口を入った途端、目に飛び込んできたのが最初の作品「残照」。これを見た瞬間から何かこみあげてくるものがあって、涙が出てしまって参った。自分でもびっくりしたのだが、あとで図録の説明をよく読んで、これが画家が戦争前後に妻以外の身内を失いどん底にいたときに出会い、そこを抜け出すきっかけとなった一枚であることを知り、絵にこもったものが何かこちらに伝播したのだなあと納得したことだった。

 

そこから昭和36年ごろまでに描かれた「道」や「秋翳」など力のこもった風景画が続く。

 

その次は、北欧を描いた作品。「冬華」の白や「白夜」の青が印象的だったが、なんといってもフィンランドの森と湖を描いた「白夜光」の静けさには深く心打たれた。湖にうっすらとたたえられた光と深い森の静寂。しばらく世界に浸っていた。

 

そして古都を描く、と題し京都を描いた作品の数々や、ドイツ・オーストリアを描いた作品などが続く。「月篁」の月の光の表現や「春雪」のやわらかな雪の感触、「年暮る」では京都の街並みに静かに雪が降りつづく。ドイツ・オーストリアを描いた作品では、緑の鮮やかさが印象に残った。

 

白眉は唐招提寺の障壁画で、モノクロームの作品「黄山暁雲」「桂林月宵」「揚州薫風」からその風景の空気まで漂ってきそうで、ため息をつきながら、作品の世界に心遊ばせた。そしてこちらは彩色された「山雲」の雄渾な世界に目を見張り、足を進めて次の「濤声」を見て息がとまりそうになった。これは絵なんだろうか、何か、そこにほんとうに海が広がっているような気がして、しばらく茫然としてしまった。美しい海の色、今ここで動いているような波。「濤声」にふたたび涙がこぼれそうになった。

 

そのあとの作品にも「白い朝」や「秋思」などすてきな作品があったけれど、障壁画の余韻がずっと続いていた。

 

構成上、東山魁夷展を出てからほかの作家の作品が並んでいるコーナーを通って出口へ向かうのだが、どこからか「あああ、あの青がどこかへいっちゃうから、ここは見ずに早くでよう」って言っている人の声が聞こえてきて、なるほどなあと。

 

会期終了間近とあって、観覧者はとても多かったのだけれど、絵と対峙している間はそれがまったく気にならず、不思議なことに、すごく静かなところで鑑賞したような錯覚すら覚える。どこまでも、静かで透徹した、しかしあたたかな世界が広がっていた。「残照」と「白夜光」と「唐招提寺の障壁画」を間近に見ることができたことに手を合わせて感謝したいような気持になった展覧会だった。

 

現在は東京にて開催中。

posted by phoebe | 22:15 | 美術 | comments(0) | trackbacks(0) |