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『流れる』幸田文
今回の転勤で、めでたく北海道、本州、九州、四国(これは生まれ故郷)全部制覇?したことになります。

それぞれの風土や言葉、人の特色や味わいを思い返していると、なかなか楽しいものがあります。ことに九州はこれまでとは段違いに標準語から遠いので、年配の方の早口の会話はもはや外国語に近い!

そして、あたりまえだけど、ほんとにちっちゃい子も方言で喋るのですよね(^^;)。知人が九州に来たばかりのころの話。2歳くらいの女の子がもぞもぞしていたので「どうしたの?」って尋ねたら「けつのかいかぁ」と言われてのけぞったという(笑。なんともおおらかで、かわいいエピソードでしょ。

わたしも「あ、おばちゃん、それしよらすと?」とつぶらな瞳で話しかけられると「うん、しよらすと」と、ついおぼつかない方言で答えてしまうのですが、はて、これで用法は間違ってないんだろうか(汗。

言葉といえば、この前‘最近のことばはていねいすぎて云々’という趣旨の雑誌記事を読んでドキッとしました。たとえばタクシーで「次の信号を右に曲がっていただけますでしょうか?」なんていうのはどうか、と。たしかに「いただけますでしょうか?」ってお願いして「やだ」って言われても困るしなぁ(笑。「右に曲がってください」でいいではないか、という筆者の言葉に思わずうなずきました。シンプルな言葉の力が失われてるのかも。わたしも案外こういう言い方してるなぁ、と自戒したことでした。

そういえばつい最近「使用後はこのボタンを押されてください」っていうトイレの張り紙にも苦笑したっけ。気持ちはわかるけど(^^;)。

ちょうどよい塩梅の言葉って……と考えていたとき、前にノートした、幸田文の『流れる』を思い出しました。なんてしなやかで力のある美しい文章だろうと思って思わず書き写しておいたもの、もうどんな内容だったか忘れちゃうくらい昔読んだ本ですが(^^;)。会話のリズム、心の動き、情景描写、引き締まっていながら、尚、ふっくらしたものが香ってきて、ことに雪が降ってくるあたりからの文章は、何度読んでもためいきです。

少々長いですが、ひいておきます。

『流れる』より                 幸田文

「それでね、三畳じゃお狭いからということです。」
 挽子は往来へ出て来て軒燈の下で伏し眼にじっと註文を聴いていたが、やはりちょっとわかりにくかったらしく「は?」と顔をあげかけ、すぐまた伏し眼になって、「かしこまりました。急でございますから、ご註文の部屋があればよろしゅうございますが、すぐ訊いてまいります。三十分ほどお待ちくださいまし、お宅までご返辞に伺います。」
 くっきりと分けた髪の厚さ、頸すじへかけての若さ。こんなにも若い男が俥屋の挽子で、こんなに丁寧なことばを流れるように操る。挽子が女中にこんな滑らかないいことばで話すのだ。いいことばにはそこはかなとない哀しいひびきがある。これが挽子の職業語なんだろうが、梨花はなんということなく自分のからだを検分したいような気持ちにさせられた。誰が見ても女中のすがたである。割烹着がぶくぶくして、腰の線というものがない。胸のあたりもごちゃごちゃとたぐまって、いやなかたちだ。職業によってできる姿態というものは、たとえ一日二日の目見えでも偽れないものだ。
「じゃお願いします」と行きかけると、「あ、雪だ。やっぱり雪だった。初雪でございますよ」と若く弾んだ声を出す。
「あら、ほんとに。」
「十一月から初雪じゃあちっと早すぎますよ。ことしは雪年だって親方がさっきそう云ってたんですが、えらいもんだ、やっぱり経験者にはかないませんね。あの、お宿がございましたらお客さまをお送りいたしますんでしょうか。それならご返辞に伺いますとき、わたくし俥持って参りましょうか。」
「さあ、あたし伺って来ませんでしたが。それにお時間の都合もあるでしょうし。」
「それもそうでございますね。ではとにかくご返辞にだけ伺います」
 透かすと、雪は大気を押しわけるようにゆっくりと、黒く、白くまばらに降りて来る。天から来るものはどうしてこう清々しいのだろう。雨も雹もみんな清々しいが、雪のこのおおらかな清さはどうだろう。そして又、なぜ俥屋の若い衆のいいことばづかいはこうも懐かしいものなんだろう。梨花は雪にあわせてゆっくりと帰り途を行きながら、久しぶりで人に会ったような気がしていた。誰にということもないけれど楽しい人に会ったような気がしていた。


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posted by phoebe | 14:14 | | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
言葉使いは、難しいです。
私は時々変な間違った使い方をしているだろうな。
美しい言葉や表現を聞いたり見たりすると
うっとりします。
頑張ろうっと。
2008/06/18 15:50 by Yuri
Yuriさん、コメントありがとう!
気をつけてはいるけれど、言葉ってほんとむつかしいですね。伝えたり受け取ったり、言葉なしにはできないことが多いから、心して使わねば〜と思います。
2008/06/20 09:53 by phoebe
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