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    『船に乗れ!』藤谷治

    • 2011.01.17 Monday
    • 21:16
    あけまして、と書くにはあまりに……なので自粛。ともあれ年が変わりました。寒いですねえ、風邪ひいてませんか。佐世保も何度となく雪景色の朝を迎えてます。ぶるぶる。

    そんな昨年末、とり憑かれたように読んだ『船に乗れ!』。こんなに本の世界に没入するのも久しぶり。一気呵成に読んでしまった後も、しばらく揺れがとまらなくて困りました。松竹梅のかまぼこの入ったかごを持ってレジ待ちしている間ですら、話を思い出すたび切ない心持ちに。これには困った(笑。いやはや強力な小説でした。

    木曽さんちの紹介文を読んで、これは読まねばと思いつつ一年(反省)。3巻いっぺんに買う度胸と財力がなかったので、図書館で予約するも、一ヶ月の順番まち。1巻がようやく届いたその日、ページをめくる手がとまらずあっという間に読了。2巻読みたさに、すぐアマゾンでぽちっとしましたよ、ええ。

    音楽大学の学長を祖父に持ち、母方の一族は音楽家だらけ、30畳のリビングにベーゼンドルファーがおいてあるという豪邸に住む津島サトルが主人公。幼少の頃からおばあさまにピアノの手ほどきをうけ、小学生高学年くらいから哲学書をひもとき、長じて祖父にすすめられてチェロを始めます。しかし、芸高の試験に学科で落ち、祖父が学長をする新生学園高校音楽科に進んだサトル。そこで出会った、バイオリンの南枝里子、鮎川千佳、フルートの伊藤慧などの同窓生や、先輩後輩、先生たちと織り成す怒濤の3年間。木曽さんも書かれているように辛口の青春小説で、その切り口はときにひりひりと、痛い。

    恋へのあこがれや切なさ、希望に満ちたきらめくような1楽章、サトルと枝里子がレコードを貸し借りしたり、枝里子の部屋で一緒にレコードを聴くシーンなんかは、どうやっても自分の高校時代と重なってしまってせつなかったですねえ。そして、さまざまな挫折と急展開のほろ苦い2楽章、そしてそれらすべてをのみこんでの3楽章。といった風に進む3冊ですが、すべてを(たぶん)変えてしまった2巻でのハイデルベルク行き。そこでサトルが、ハイデルベルクのチェロの先生にレッスンを受けるシーンは残酷にさえ思えたのですが。昨年秋に聴いたコンセルトヘボウ、最高にすばらしい演奏を聴いて感動しただけでなく、なんだか打ちのめされたような気持ちになったのをすこし思い出しました。

    サトルの周囲の学生たちの描き方も秀逸なのですが、それを取り巻く大人がまた個性豊か。
    学生の中では、フルートの伊藤君が演奏的にも、音楽に対する在り方も、それから人間的にも光ってますねえ。読みながら彼のフルート聴いてみたいと幾度思ったことか。哲学を語る金窪先生(こんな授業、高校のときに受けてみたかったなあ)はもちろんのこと、サトルの祖父や、両親、彼らの何気ない言葉もときに深かったりします。子供って、大人のことを実に敏感に見抜くものです。
    サトルの祖父がバッハやモーツァルト、ハイドンについて語る言葉や、サトルが一大決意をしたときの父の対応の仕方。そして音楽を心底楽しんでいる母親(あまりクローズアップされませんが、この母の存在はサトルをどれほど支えていたろうかと思います)。すごい美人のピアノの北島先生もミステリアスでかっこいい。

    小説の中で語られる音楽や哲学、その捉え方がどれも適度な距離感をもっていて地に足がついていて好ましい。それは作者のその後の年月とともに熟成されたものであるのかもしれません。あまり本を読み返さないわたしですが、この本は手元において、ときどき開きたくなるだろうと思うし、開くといろんな発見がまたありそうで、楽しみです。登場する曲たちも、ゆっくり聴きながら読み返したい。(バッハのブランデンブルク協奏曲は年末車の中でずっとリピートされ続けましたw)。

    めでたく読了なさった方は、木曽さんち「船底の隅をほじくれ!」をともに楽しみましょう。わたしも落ち着いてあれこれ考えていくうちに、南枝里子のハイデルベルクの夏の行動にはもくもくと疑問がわいてきたのでした。彼女のようなキャラは、いつかぽきっと折れてしまいそうな、そんな予感はあったのですが、そっちへ行くか!という意外さ。経済的なことで自分のしたい勉強ができなかったのでは、という木曽さんの推測がありますが、それは実際わたしも経験したこってありまして、30年くらいコンプレックスを抱え続けていたことなのでわからんでもないですが(50を前にしてようやく抜けつつあります)だからといってねえ……。たしかにそば屋さんの娘さんが、大学の学長の孫で30畳のリビングにベーゼン置いてあるサトルくんとの間に、距離を感じないわけないですわなあ。

    しかし、コンプレックスっていうのは、逆に原動力になったりするってこともあり得ます。彼女の性格ならなおさら。となると枝里子は、狂ったように練習に没頭するっていうかんじになりはしないだろうか。練習しすぎておかしくなるっていうのはありかもしれん。などなど、読んだあとも何かと楽しめてしまいます。

    この本、図書館ではヤングアダルトコーナーに置いてあって、図書館員さんが「あ、こちらの中高生向けの棚にありますから!!!」と大きな声で案内してくれるものだから慌てて「あ、いえね、子供にたのまれましてね」みたいな顔をしたのですが、これ、わたしくらいの年代が読むと一番こたえるんじゃないでしょうか。

    サトルくんほど目立つ人間でも高貴な人間でもなく、こんなドラマチックな経験をしたわけでもありませんが、たしかに高校時代ってほんといろいろあったなあ。輝きあり暗黒あり。当時抱えてしまったコンプレックスから、ようやく解放されつつあるこのごろ、この本を読めてよかった。

    ジタバタしない50才になりたいけど、それでも、そう、船は揺れ続けております。船に乗れ!揺れなくなったときは死ぬときですね。


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    • 2019.08.05 Monday
    • 21:16
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      コメント
      こんにちは。
      私のHPをご紹介いただいてありがとうございます。
      「船に乗れ!」ひりひりきましたねえ。
      絶対に中高生向けではなくて、
      ある程度の挫折や後悔を抱えた人間が
      読んでのたうちまわるべき小説でしょう。
      読み終えてかなりたちますが、いまでも思い出すと心がざわつきます。

      木曽さん、こちらこそ、いつも更新楽しみに(ときに爆笑しつつ)
      読ませてもらっています。
      この本、ほんと読めてよかった!感謝であります。

      >絶対に中高生向けではなくて、
      >ある程度の挫折や後悔を抱えた人間が
      >読んでのたうちまわるべき小説でしょう。

      ほんと、そうですね〜。しみじみ。

      その後、この作者の本を手当たりしだい借りてきて「恋するたなだ君」を
      読み終えたところです。これはまた、七福神オペラってかんじでw。
      まったく手触りが違うんですね。



      • phoebe
      • 2011/01/22 9:20 PM
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