きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打ったー「彼女のいる背表紙」堀江敏幸

  • 2013.03.08 Friday
  • 21:06
 なんとも魅惑的なタイトルのこの本は、堀江敏幸氏が本の中で出会った印象深い《女性たち》の思い出をクロワッサン誌上で連載したもの。

以前、須賀敦子さんの文章を鉄球のようといったことがある。この堀江さんの本も読むのにすごく長い時間がかかった。しかしそのずっしり感は須賀さんのそれとは異なり、しなやかで美しい様々な色の絹糸をゆっくりゆっくり巻き付けて作った鞠のようにぽってりと重い。それは背表紙のなかにいる「彼女」たちの重みでもあるかもしれない。


彼女たちに向けられる堀江さんの目は、日だまりのようにあたたかく、繊細だ。登場する書物の国も時代も、実に多様、そしてそれを描き出す文章の切り口も実に多彩である。書物の直接の情報や引用はほんのわずかしか登場しないことも多いのだが、かえってそれが鮮烈なイメージとして記憶に残る。一冊一冊の本質をぐいっと取り出し、静かにならべてくれる、散文詩のように美しい文章。

書評などという言葉でくくってしまってはいけない本かもしれない。


それにしても、これだけの背表紙の中の彼女たちに会いにいける著者の知の奥行きの深さを想像すると、ちょっと背中がざわざわするなあ。


記憶に残る「彼女たち」の中からいくつか。


 書き抜く、筆写する、という作業が、日常から少しずつ消えていく。


と始まるのはジュリアン・グラック『異国の女に捧げる散文』(翻訳 天沢退二郎)


私がこの稀覯本を初めて披見したのは、それよりさき、パリ国立図書館の《レゼルヴ》の室でのことで、九〇度以上ひらくと壊れてしまいそうなこの小冊子ーーというよりむしろ豆本とよびたいほどの可憐な一冊を、左手でそっと開きながら、全頁、行の折り返しや分綴もそのままに書き写して帰ってきたのであった。」


稀覯本と出会って書写しているときの訳者、天沢退二郎氏の心の震えが伝わってくるようだ。書写という行為、以前に比べるとわたしもほんとにしなくなった。詩や短歌をノートに根気よく鉛筆で書き取っていく。紙の上の鉛筆から指に伝ってくるかすかな抵抗感と幸福感を思い出させてくれる。


そして、書き写されたブラックの文章


ヒヤシンスと雪崩で虎斑もようになっている四月の山の中の、何もかもキシキシと鳴る無謀な時にも道がよくわかる旅人のように。きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打った、きみはユキノハナの溶けきった微笑みでぼくをときほぐした、きみはまるで氷の聖像たちの指に直かに咲いた災いの花のようにぼくの用心深さを突き抜けて行く

        from「きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打った」




モンゴルの作家、エルデネバティン・オヨンの短編「郵便配達ツェルマー」

仲間から「うぐいす」というあだ名をもらっている、18歳の新人郵便配達人の彼女。


彼女が、夏、薄いスカーフを頭に巻いて風に向かって行くのは、白い蝶さながらだった。冬、自転車に乗るのをやめて、錦で縁取りした小羊の毛が裏についた青い木綿のモンゴル服を着て、頬を赤く染め、相変わらず嬉しそうにほほえみながら、白い小羊の毛の帽子の耳おおいをしないではためかせて行くのを見ると、冬にも喜び舞う蝶がいるのかと思いたくなるほどだった。


自分の届ける手紙がどれも嬉しい知らせであるよう願う愛らしい彼女が緑豊かなモンゴルの地を駆け抜けていく映像が目に浮かぶようだ。

                    from 「冬にも喜び舞う蝶がいるのか」




そして最後の「更級日記」


和紙と墨が、はるかな過去の、大気のにおいを、草いきれを、香のかおりを、筆を持った女性の理知を、平凡を通したことで生まれた愛すべき非凡を、また、そのなかで流した涙の数と笑みを、すべて伝えてくれる。

       from「平凡のなかの非凡、もしくは背表紙のない彼女」



きらめくような輝きに満ちたフレーズがぎっしりのこの本、あらゆるところでぐっと胸に迫るものがあったが、この一節にはほんとに泣かされた「平凡を通したことで生まれた愛すべき非凡」菅原孝標女がこれを読んだなら、思うようにはならなかった人生を心底愛おしく感じ、涙を流すのではないかしら。千年近い時を隔てた今、彼女を深く理解する人の存在。これを愛と呼ばずしてなんといおう、などとくさい科白のひとつも言いたくなる。


レビュアーとして登場されていた「週刊ブックレビュー」が終わって、堀江さんの話が聞けなくてとてもさびしかったけれど、この書物を通しての深い心の交歓の軌跡がつまった稀有な本をこれからも近くにおいて大切に読み返そう。新たな感動をその美しい散文の中に発見する楽しみのために。


『持ち重りする薔薇の花』丸谷才一

  • 2012.11.26 Monday
  • 21:22
丸谷才一さん、亡くなられましたねえ。ほんの数冊ですがけっこう好んで読んでいたのでさびしいです。湿気がなくて、ユーモア、風刺、皮肉がぴりりと効いてて、とんでもなく博識で、いささか高飛車?(笑。っていうイメージを勝手に持っております。

しかし、図書館で作家のマザコン性について書いた女性作家の本見つけたとき、丸谷さんの「女ざかり」が思い切り標的になってたっけなあ(笑。そのあと「輝く日の宮」を読んだ女ともだちが「なんか、あの人自分が物知りなのを自慢してるみたいで、好きじゃない!」って言ってましたね。敵も多かったかも。

けど、物知りな人が大好きなので、こういうお友達(?)がいて、ときどき話が聞けたりしたらどんだけ楽しいだろうと想像したものです。丸谷才一さんと鹿島茂さん(この方も大好き!)と三浦雅士さんが、架空の文学全集を編集するという設定の対談集を読みましたが、名前すら知らない小説がこれでもかというくらい登場し、めまいがしそうでした。しかし、背伸びしてこけそうになろうが、ちんぷんかんぷんであろうが、そういう対話聞いてみたいなあ。

あ、話がまったく逸れてしまいました。この小説、元経団連会長が若いときから親交のあるカルテットについて、昔なじみの元編集者に語るという形式で書かれています。以前読んだ小池昌代さんの「弦と響」もカルテットでした。

小池さんのは人間関係やそれぞれのメンバーの人生を描きながらも、やはり主人公として音楽があったと思うのだけれど「持ち重りする薔薇の花」では、人としての生活のほうに重点があって。しかし、梶井という第三者の思い出話として語られているせいか、深刻な内容も嫉妬とかの感情もえらくさっぱり描かれています。上等なかつおや昆布でとった澄んだ一番だしみたいに。

さりげなく書かれていますが、語り手梶井氏の奥さんたちがえらくひっかかってしまいました。最初の夫人は一人息子の死がきっかけでアルコール依存症で亡くなり、20歳近くも年下の二度目の夫人も若年性のアルツハイマーになり施設に入っているという、なんとも気の毒な設定。しかし、そんな深刻なことさえもさらっと書かれています。死んだ息子と亡くなった妻が出てくる夢を語り、人生で一番楽しい夢だったと語る梶井。あくまでも暗さはないのだけれど、乾いた悲しみがぴりりと。

しかし、最期、アルコールを飲んでキッチンで眠り込んだ妻を、医者の言葉に従って、お布団をかけてそのまま寝かせてあげたら次の朝には冷たくなっていたというくだりは、なんとも。できれば医者の言葉なんか無視して、起こして叱ってあげてちゃんと寝かしつけるような、深いコミットの仕方はなかったものかなあ。同じ死ぬにしても……。
同じ女性でも、経済的に自立し「わたしのほうを見て!」とはっきり言える強い女性(この小説の中だったら、第一ヴァイオリン、廚川の妻、ヴィヴィアンみたいな)もいて。ほかのメンバーの奥さんたちなんかにも、いろいろドタバタあるわけです。

肝心のクァルテットのメンバーたちの話が出てこなくてすみません。もちろん才能やら教養やら経済的な面やらが絡んで、嫉妬あり、ちょっとした失言からの仲違いあり、音楽の好みからの仲間割れあり。えらく大変です(笑。「カルテットというのは四人で薔薇の花束を持つようなものだな。面倒だぞ、厄介だぞ、持ちにくいぞ」……。なるほど。で”持ち重りする薔薇の花”なわけですね。でも、持っちゃったんだからしょうがない。がんばっていただかなくては。

ラストで、聞き手の野原にたいして「でも、寂しくはないさ、このくらい(←いは旧かな)。ほら、よく言ふでせう、人生は寂しいって。しかしそんなこと、何も言ひ立てるまでもない話です。最初からわかってい(←旧かな)ることでね」「最初から?」「生まれてきたばかりの赤ん坊が大声で泣くでせう。あれは寂しくて仕方ないからですよ」と梶井が語るくだりでは、ひゅうと胸のうちに風がふいたなあ。なんとなく吉野弘の「I was born」が思い出されました。作者インタビューを読んで、なるほどなあと。あと30数年たったとき、自分はどう思うのかなあ。


『錦繍』宮本輝

  • 2012.07.18 Wednesday
  • 21:53
めったに本を読み返さないわたしが、珍しく読み返して、やっぱりいい本だなあと思った一冊。ぐいぐいと読ませる力に、あっという間に再読。そういえば、最初に読んだときは、どうしても途中で本を閉じることができず、台所の床に一人座りこんで明け方までかかって読み終え、号泣したっけなあ。

今回もやはり何度か泣けたけれど、泣いた場所が少々ちがっていた気がする。20年ほどたって、はて、読み手のわたしはどう変化したのだろうか。

秋、見事な紅葉をみせる蔵王で、元夫婦であった二人が10年の歳月を隔て思いがけず再会する。
前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。」こうして勝沼亜紀と夫であった有馬靖明との往復書簡という形で物語は進んでいく。

ちょっとだらしないところがありながらも、人間的に魅力のある有馬という男や、建設会社を経営する強大な父のもと経済的になんの心配もなく愛されてのびのび育った、お嬢様の亜紀。それぞれの性格が手紙の文章からみごとに伝わってくる。

大学時代に出会った有馬と亜紀が結婚し、そろそろ子供を持とうかという幸せの絶頂で起こった、有馬と水商売の女、由加子の無理心中事件。由加子は死に、有馬は一命をとりとめるが、詳しいことを問いただせぬまま別れてしまった亜紀は、長い間謎であった有馬と由加子の関係を知りたいと望み、また、嫉妬や恨みといった気持ちをまっすぐ有馬にぶつける。亜紀には再婚した夫、勝沼と、障害を持った子供がいて、有馬も令子という女性に養われている。

それぞれの過去とその心の動きを辿り、別れてからの日々を語り、徐々にたがいの現在へと話がうつり、そしてそれぞれの再出発ともいえるようなラストへと力強く向かっていく。有馬が今、食べさせてもらっている令子という、従順で無口ながら不思議な強さをもった女性が現れてから、大阪という土地柄ゆえのユーモラスさも加わってきて、物語はどんどん生気を帯びる。

物語の鍵としてモーツァルトの音楽が登場する。
生きていることと、死んでいることとは同じことかもしれない」モーツァルトの交響曲を聴いて、亜紀はそう感じる。有馬もその言葉に感応して、自分の過去を語り始める。でも、うーん、そうかなー。生きてることと死んでることは、全然違うよーな気がするんだけど。と思うわたしはまだまだ修行が足りないのかなー。

しかし、その亜紀の感想を聴いた喫茶「モーツァルト」のご主人が語る「宇宙の不思議なからくり」という言葉には頷ける気がする。読んでいるうちに、聴いてみたくなったのだが、なんとなんと、モーツァルトの室内楽やピアノ協奏曲全集やオペラはあるのに、交響曲のCDって持ってなかった。唖然。

それにしても、ほんと手紙を書かなくなった。往復書簡という形式自体とても懐かしい匂いがする。このごろは、ポストの中に、何十枚もの便せんでふくれあがった分厚い封筒なんて、そうそう入っていそうにないなあ。

刻々、様々に変化する「今」が織りなすタペストリーのような人生、それを織り上げるのはほかでもない自分である、と。「何が何でも『今』を懸命に真摯に生きるしかないではありませんか」と言いきる亜紀。亜紀から有馬あての手紙を読んで泣き続け「うち、あんたの奥さんやった人を好きや」と言える令子。女は強い。

蔵王の紅葉に始まり、晩秋の京都の紅葉で閉じられる小説は「錦繍」という文字のイメージそのままに人生の様々な色がぎゅっと凝縮されている。



『坂道のアポロン』小玉ユキ

  • 2012.05.17 Thursday
  • 19:26
ときどきブログにコメントくださるnanaさんから教えていただいた「坂道のアポロン」。1960年代の佐世保が舞台、ジャズをやる高校生の話ということで、これははまりそう〜と思い、用心して(?)2巻までとりあえず購入、したところが、とまらなくなってその後結局本屋へ走り、最後まで一気に読んでしまいました。佐世保北高がモデルになってるそうです。

わたしも夏に県の絵画教室で、北高へ通ったとき、坂道でへたりました〜。このへんはどこへ行っても坂道だらけ。引っ越してきた当時は、お隣(といっても坂の下)へ回覧板持っていくだけで息切れしてましたが、いまはすっかり平気になったなあ。佐世保の年配の人はとにかく足腰丈夫です。鍛え方がちがう。

あ、坂道の話はともかく、わけありの爽やかな(?)不良、千太郎と、横須賀から佐世保へ転校してきた、鬱屈気味の秀才、薫の、音楽で結ばれた深い友情を中心に、千太郎のおさななじみ、レコード屋の娘、律子(Favorite Thingsでかわいい歌声を披露)千太郎の兄貴分の淳一(トランペット担当)と、千太郎たちの一年先輩、美術部の百合香などが中心となって話は進みます。

あらすじはこちらで。アニメの公式サイトはこちら

なんか、けっこう設定はベタなのですよねえ、いささか爽やかすぎるかもしれないけど、でもねえ、面白くってやめられなくなって。いつしか登場人物にえらく感情移入してしまってました(笑。二人の恋の行方も気になって、ぐいぐい読まされるのです。高校時代というのは、ほんとに濃い。

千太郎も薫もそれぞれ魅力的なキャラだし律っちゃんのおぼこい純情なかんじがまた……。(律っちゃんのレトロな水着姿もよいですねえ)。ちょっとかっこよすぎる兄貴分、淳一も、「阿寒に果つ」を思い出しちゃった百合香にしても、この時代ならいただろうなあと思うキャラ。(千太郎、薫、淳一で人気投票したら、さて、だれがトップになるかな)。

話の一番軸にあるのは、お互い、心の奥底につらい気持ちと孤独を抱えていた千太郎と薫が出会い、ジャズのセッションを通して稀有なつながりを持つところで、その友情の深さは一種、羨望を覚えてしまうほど。その友情に恋模様がからまって(身におぼえのあるであろうときめきや失望や痛みが、てんこもりにちりばめられてます)面白くないはずない。
また、全編もちろん佐世保弁っていうのがよいです(笑。だいぶネイティブになってきましたよ、わたしも。

アニメはこの前、録画をし忘れましたが今週はしっかり録画するぞ。音つきならばもっともっと楽しかろうもん。秋には街がジャズに染まるという佐世保。ビートルズ全盛の時代に、高校生がジャズっていうところが渋いです。ジャズのレコードをすごーく聴きたくなって、あれこれとっかえひっかえ聴きながら読みました。最後に登場する島は、五島かなあ。あの目が痛くなるほどの青い海。

あんまり暑くならないうちに、また北高への坂道を登ってみようかなと思う、三十○年前の高校生でした。アポロンに会える……わけないかw。

♬nanaさん、ご教示ありがとうございました。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

recommend

recommend

recommend

Paganini: Duos
Paganini: Duos (JUGEMレビュー »)
Niccolo Paganini,Ismo Eskelinen,Pekka Kuusisto

recommend

recommend

Musical Soirée at Ainola
Musical Soirée at Ainola (JUGEMレビュー »)
Jean Sibelius,Heini Kärkkäinen,Pekka Kuusisto

recommend

recommend

Jean Sibelius: Violin Concerto; Karelia Suite; Belshazzar's Feast
Jean Sibelius: Violin Concerto; Karelia Suite; Belshazzar's Feast (JUGEMレビュー »)
Jean Sibelius,Leif Segerstam,Helsinki Philharmonic Orchestra,Pekka Kuusisto

recommend

recommend

Bach: Violin Concertos
Bach: Violin Concertos (JUGEMレビュー »)
Johann Sebastian Bach, Tapiola Sinfonietta, Jaakko Kuusisto, Pekka Kuusisto

recommend

recommend

recommend

Sibelius: Works for Violin & Orchestra [Hybrid SACD]
Sibelius: Works for Violin & Orchestra [Hybrid SACD] (JUGEMレビュー »)
Jean Sibelius,Pekka Kuusisto,Tapiola Sinfonietta

recommend

Prokofiev;Violin Sonatas
Prokofiev;Violin Sonatas (JUGEMレビュー »)
Sergey Prokofiev, Ilkka Paananen, Raija Kerppo, Jaakko Kuusisto, Pekka Kuusisto

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM