ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ〜『夏服を着た女たち』(アーウィン・ショー、常盤新平訳)

  • 2013.07.18 Thursday
  • 20:09
夏の夜、風呂上がりにシュパっとビールをあけられない下戸のわたしが飲むのは、カクテル用のシロップにソーダを注いだ、なんちゃってカクテルw。ライムもよし、カシスとかピーチのシロップだととてもきれいなピンク色になる♬

そんな話をしていたときにふと「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ」という短編を思い出して、読み返してみた、この話。主人公のエディは、ニューヨークから田舎に移ってきたらしく、しきりにニューヨークを恋しがっている。

うだるように暑い、にぎやかな街でどんな途方もない、すてきなことが起こっているやら。トラックやトロリー・カーや乳母車が行きかうなかで、どんな勇ましい手に汗にぎる冒険があることか!かすれた叫び声やおどけた声、赤いペンキを塗った店先の明るい笑い声、その店では二杯三セントでレモン・アイスを売っている。十五歳の男の子にはほんとの滋養になる飲み物だ。

そんなエディは、今夜、初めてのデートを控えて、35セントの小遣いを大切に持っている。家の中ではピアニストの卵、弟のローレンスが「一二三四五」とカーネギーホール目指してピアノの練習に余念がない。と、練習に飽きたのかローレンスがやってきて「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダが食べたいな」という。練習するときはいつもそればっかり考えてるんだ「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダが食べたいな」、しかし、デートを控えた兄は35セントの軍資金を死守せねばならない。

二人して湖に向かう。その間ローレンスは口笛でブラームスのピアノ協奏曲2番を口ずさんで、兄にうとまれるw、いやはや。湖には持ち主のわからないボートがあった。怖がる弟をけしかけて二人でボートに乗っていたとき、持ち主の農夫がすごい剣幕で二人を怒鳴りつける。農夫の息子ネ―サンはローレンスに戦いを挑むけれど、ピアニストの卵ローレンスは、指をだめにするわけにはいかない。戦えと兄にけしかけれらても、じっと立ちすくんだままだ(これまた勇気ある選択だとわたしは思うのだけど)。

くやしさのあまり涙も出ない兄弟が家にたどり着いたあと、ローレンスはドスキン手袋をはめて出てくる。二人して農夫の家へいき、逆にネーサンに戦いを挑むローレンス。二人は決闘の場、森へと消え、エディと農夫は言葉を交わす。

果たして、互いに傷を負いながらも、さっぱりとした顔のネーサンとローレンスが戻ってきた。ローレンスの片目はつぶれていたが、もうひとつの目は「きらきら輝いて、男らしい不屈な光がやどっていた」。

とつぜん、エディはローレンスをとめた。「こっちの道を行こう」と右手のほうを指さした。「でも、家はこっちのほうだよ、エディ」
「わかってるよ、町へ行こう。アイスクリーム・ソーダを食べようや」とエディは言うのだった。「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダを食べよう」

その夜のエディの初デートがどうなったかはわからない。
なんとなく、ノーマンロックウェルの絵が似合いそうなアメリカの男の子の話。






『神様のボート』と『ハレルヤ』

  • 2013.07.09 Tuesday
  • 23:30
この記事、だいぶ前に書いてたのですが、ようやくアップ〜〜。

NHKのドラマ『神様のボート』。予告編を観て気になってたけど、結局観たのは最終回の途中からでした。映画のような雰囲気がなかなかよくて、気になって原作も読んで。冷たい水が流れていくようなひんやりした心地よさ、大人のおとぎ話のような世界、けっこう好きかも。

あらすじは、こちら

実は、ドラマで何が一番良かったかっていうと、エンディングテーマなのです。レナード・コーエンの「ハレルヤ」のカバー(このドラマでは畠山美由紀さんという方が歌っている)。この「ハレルヤ」わたしは、スサンナ&ザ・マジカルオーケストラがカバーしたものを偏愛しております(下記の「Melody Mountain」に収録)。この曲のなんとも言えない寂々とした雰囲気や静けさの中に含まれたいささかの狂気が、このドラマにおそろしくぴったり。

歌詞の意味がわかんなかったので、調べてみたら、こちらに秀逸な解釈と訳が。読んでますます選曲に脱帽。
スサンナは先だって来日してましたね。聴いてみたかった。すてきなライヴだったようです。
続きを読む >>

きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打ったー「彼女のいる背表紙」堀江敏幸

  • 2013.03.08 Friday
  • 21:06
 なんとも魅惑的なタイトルのこの本は、堀江敏幸氏が本の中で出会った印象深い《女性たち》の思い出をクロワッサン誌上で連載したもの。

以前、須賀敦子さんの文章を鉄球のようといったことがある。この堀江さんの本も読むのにすごく長い時間がかかった。しかしそのずっしり感は須賀さんのそれとは異なり、しなやかで美しい様々な色の絹糸をゆっくりゆっくり巻き付けて作った鞠のようにぽってりと重い。それは背表紙のなかにいる「彼女」たちの重みでもあるかもしれない。


彼女たちに向けられる堀江さんの目は、日だまりのようにあたたかく、繊細だ。登場する書物の国も時代も、実に多様、そしてそれを描き出す文章の切り口も実に多彩である。書物の直接の情報や引用はほんのわずかしか登場しないことも多いのだが、かえってそれが鮮烈なイメージとして記憶に残る。一冊一冊の本質をぐいっと取り出し、静かにならべてくれる、散文詩のように美しい文章。

書評などという言葉でくくってしまってはいけない本かもしれない。


それにしても、これだけの背表紙の中の彼女たちに会いにいける著者の知の奥行きの深さを想像すると、ちょっと背中がざわざわするなあ。


記憶に残る「彼女たち」の中からいくつか。


 書き抜く、筆写する、という作業が、日常から少しずつ消えていく。


と始まるのはジュリアン・グラック『異国の女に捧げる散文』(翻訳 天沢退二郎)


私がこの稀覯本を初めて披見したのは、それよりさき、パリ国立図書館の《レゼルヴ》の室でのことで、九〇度以上ひらくと壊れてしまいそうなこの小冊子ーーというよりむしろ豆本とよびたいほどの可憐な一冊を、左手でそっと開きながら、全頁、行の折り返しや分綴もそのままに書き写して帰ってきたのであった。」


稀覯本と出会って書写しているときの訳者、天沢退二郎氏の心の震えが伝わってくるようだ。書写という行為、以前に比べるとわたしもほんとにしなくなった。詩や短歌をノートに根気よく鉛筆で書き取っていく。紙の上の鉛筆から指に伝ってくるかすかな抵抗感と幸福感を思い出させてくれる。


そして、書き写されたブラックの文章


ヒヤシンスと雪崩で虎斑もようになっている四月の山の中の、何もかもキシキシと鳴る無謀な時にも道がよくわかる旅人のように。きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打った、きみはユキノハナの溶けきった微笑みでぼくをときほぐした、きみはまるで氷の聖像たちの指に直かに咲いた災いの花のようにぼくの用心深さを突き抜けて行く

        from「きみはきみのつめたい春でぼくの頬を打った」




モンゴルの作家、エルデネバティン・オヨンの短編「郵便配達ツェルマー」

仲間から「うぐいす」というあだ名をもらっている、18歳の新人郵便配達人の彼女。


彼女が、夏、薄いスカーフを頭に巻いて風に向かって行くのは、白い蝶さながらだった。冬、自転車に乗るのをやめて、錦で縁取りした小羊の毛が裏についた青い木綿のモンゴル服を着て、頬を赤く染め、相変わらず嬉しそうにほほえみながら、白い小羊の毛の帽子の耳おおいをしないではためかせて行くのを見ると、冬にも喜び舞う蝶がいるのかと思いたくなるほどだった。


自分の届ける手紙がどれも嬉しい知らせであるよう願う愛らしい彼女が緑豊かなモンゴルの地を駆け抜けていく映像が目に浮かぶようだ。

                    from 「冬にも喜び舞う蝶がいるのか」




そして最後の「更級日記」


和紙と墨が、はるかな過去の、大気のにおいを、草いきれを、香のかおりを、筆を持った女性の理知を、平凡を通したことで生まれた愛すべき非凡を、また、そのなかで流した涙の数と笑みを、すべて伝えてくれる。

       from「平凡のなかの非凡、もしくは背表紙のない彼女」



きらめくような輝きに満ちたフレーズがぎっしりのこの本、あらゆるところでぐっと胸に迫るものがあったが、この一節にはほんとに泣かされた「平凡を通したことで生まれた愛すべき非凡」菅原孝標女がこれを読んだなら、思うようにはならなかった人生を心底愛おしく感じ、涙を流すのではないかしら。千年近い時を隔てた今、彼女を深く理解する人の存在。これを愛と呼ばずしてなんといおう、などとくさい科白のひとつも言いたくなる。


レビュアーとして登場されていた「週刊ブックレビュー」が終わって、堀江さんの話が聞けなくてとてもさびしかったけれど、この書物を通しての深い心の交歓の軌跡がつまった稀有な本をこれからも近くにおいて大切に読み返そう。新たな感動をその美しい散文の中に発見する楽しみのために。


『持ち重りする薔薇の花』丸谷才一

  • 2012.11.26 Monday
  • 21:22
丸谷才一さん、亡くなられましたねえ。ほんの数冊ですがけっこう好んで読んでいたのでさびしいです。湿気がなくて、ユーモア、風刺、皮肉がぴりりと効いてて、とんでもなく博識で、いささか高飛車?(笑。っていうイメージを勝手に持っております。

しかし、図書館で作家のマザコン性について書いた女性作家の本見つけたとき、丸谷さんの「女ざかり」が思い切り標的になってたっけなあ(笑。そのあと「輝く日の宮」を読んだ女ともだちが「なんか、あの人自分が物知りなのを自慢してるみたいで、好きじゃない!」って言ってましたね。敵も多かったかも。

けど、物知りな人が大好きなので、こういうお友達(?)がいて、ときどき話が聞けたりしたらどんだけ楽しいだろうと想像したものです。丸谷才一さんと鹿島茂さん(この方も大好き!)と三浦雅士さんが、架空の文学全集を編集するという設定の対談集を読みましたが、名前すら知らない小説がこれでもかというくらい登場し、めまいがしそうでした。しかし、背伸びしてこけそうになろうが、ちんぷんかんぷんであろうが、そういう対話聞いてみたいなあ。

あ、話がまったく逸れてしまいました。この小説、元経団連会長が若いときから親交のあるカルテットについて、昔なじみの元編集者に語るという形式で書かれています。以前読んだ小池昌代さんの「弦と響」もカルテットでした。

小池さんのは人間関係やそれぞれのメンバーの人生を描きながらも、やはり主人公として音楽があったと思うのだけれど「持ち重りする薔薇の花」では、人としての生活のほうに重点があって。しかし、梶井という第三者の思い出話として語られているせいか、深刻な内容も嫉妬とかの感情もえらくさっぱり描かれています。上等なかつおや昆布でとった澄んだ一番だしみたいに。

さりげなく書かれていますが、語り手梶井氏の奥さんたちがえらくひっかかってしまいました。最初の夫人は一人息子の死がきっかけでアルコール依存症で亡くなり、20歳近くも年下の二度目の夫人も若年性のアルツハイマーになり施設に入っているという、なんとも気の毒な設定。しかし、そんな深刻なことさえもさらっと書かれています。死んだ息子と亡くなった妻が出てくる夢を語り、人生で一番楽しい夢だったと語る梶井。あくまでも暗さはないのだけれど、乾いた悲しみがぴりりと。

しかし、最期、アルコールを飲んでキッチンで眠り込んだ妻を、医者の言葉に従って、お布団をかけてそのまま寝かせてあげたら次の朝には冷たくなっていたというくだりは、なんとも。できれば医者の言葉なんか無視して、起こして叱ってあげてちゃんと寝かしつけるような、深いコミットの仕方はなかったものかなあ。同じ死ぬにしても……。
同じ女性でも、経済的に自立し「わたしのほうを見て!」とはっきり言える強い女性(この小説の中だったら、第一ヴァイオリン、廚川の妻、ヴィヴィアンみたいな)もいて。ほかのメンバーの奥さんたちなんかにも、いろいろドタバタあるわけです。

肝心のクァルテットのメンバーたちの話が出てこなくてすみません。もちろん才能やら教養やら経済的な面やらが絡んで、嫉妬あり、ちょっとした失言からの仲違いあり、音楽の好みからの仲間割れあり。えらく大変です(笑。「カルテットというのは四人で薔薇の花束を持つようなものだな。面倒だぞ、厄介だぞ、持ちにくいぞ」……。なるほど。で”持ち重りする薔薇の花”なわけですね。でも、持っちゃったんだからしょうがない。がんばっていただかなくては。

ラストで、聞き手の野原にたいして「でも、寂しくはないさ、このくらい(←いは旧かな)。ほら、よく言ふでせう、人生は寂しいって。しかしそんなこと、何も言ひ立てるまでもない話です。最初からわかってい(←旧かな)ることでね」「最初から?」「生まれてきたばかりの赤ん坊が大声で泣くでせう。あれは寂しくて仕方ないからですよ」と梶井が語るくだりでは、ひゅうと胸のうちに風がふいたなあ。なんとなく吉野弘の「I was born」が思い出されました。作者インタビューを読んで、なるほどなあと。あと30数年たったとき、自分はどう思うのかなあ。


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